ネマニャ・ラドゥロヴィチ

がりがりとシステムを書いているなか、縁あってネマニャ・ラドゥロヴィチのコンサートに足を運んだ。

音楽に関しては幸い(?)完全な素人なので、場をまるごと受け入れるしかない。空間を埋める振動に身をゆだねながら、湖の水面がさまざまに波立つような印象をもった。どこまでも見通せるような、澄み切った水だ。日ごろ、常に物事を分析的に捉える癖がついてしまっているが、よい音楽に出会うと、その時間だけは脳の分析部分の電源が落ちる感じがして、よい。私にとっては、音楽を分析的に捉えることは、音楽の意味をなくしてしまう行為だと思う。

ただ、音の波が場を埋め尽くすには空間がちょっと広いかなと思っていたら、樋口先生も同じことをおっしゃっている。観客が多いとそこでも吸収されてしまうし……いかんいかん、分析禁止だ。

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One Response to ネマニャ・ラドゥロヴィチ

  1. 樋口裕一 says:

    ネマニャのヴァイオリン、本当に素晴らしいものでした。どこまでも透明でありながらも強靭で情熱を秘めた音色、完璧な弓づかい、完璧な音程、スケール大きく流動しながらもまったく構造が崩れない音楽性。どれをとっても圧倒的でした。もう少し狭いホールで、しかも、もっと本格的な曲(バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス・・・)をやってくれると、もっと嬉しかったのですが。
    ぜひまた彼の演奏を聴いてください。11月にも来日することが決まっています。
    そして、次にはぜひ、彼の音楽を分析してください。聴いている最中は分析を拒否しても、事後に分析することは決して音楽に反しないと思います。

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